フランシーヌ
バレンティーナさんや秋風さんと出会って約1年が過ぎた。
あの日以来、二人と会う事は無かった。
二人とも船乗りさんだから色んな海を渡ってきっと色んな事を見ているんだと思う。
そしたらきっと1年なんてあっという間に過ぎてしまうんじゃないかな?
あたしはあれから秋風さんの情報を元に副官になる為の勉強をしていた。
二人と会って半年後、密かに勉強をしていたあたしはその事をマスターとイレーヌさんに打ち明けた。
副官になる為の勉強をしている事
そして何時か誰かのお船に乗って旅をしたい事
仕立師として色んなお洋服や染料を勉強したい事
マスターもイレーヌさんも少しだけ暗い顔をしていたけどすぐに笑顔で答えてくれた。
イレ「フランシーヌがしたい様になさい。貴方はもう子供じゃないもの。自分の行きたい道を見つけたのなら、それを信じて進みなさい」
イレーヌさんはそう言って励ましてくれた。
それから4ヶ月経った今、あたしは二つの試験に合格した。
一つは仕立師を名乗る為の試験
そしてもう一つは渡航する為の試験
あたしは副官としての許可を得てマルセイユの酒場で雇われるのを待っている。
イレーヌさんに言われて副官の名簿に必要事項を書き記して以来
あたしは未だに指名されない…
フラ「はぁ…やっぱり女の子は雇われにくいのかなぁ…」
バレンティーナさんや秋風さんはどうしているだろう?
秋風さんの副官のニーナさんはあたしと同い年位だったはずなのに立派に務めを果たしていた。
あたしはいつ海を渡れるのだろう?
そんな不安ばかりが掻き立てられる。
暇つぶしにお帽子を繕っていた時、不意にドアを叩く音がした。
フラ「はーい」
イレ「フランシーヌ、副官の候補を全員集めているの。お客様がお見えになるから準備して頂戴」
フラ「はーい、ありがとうございまーす♪」
答えてからあたしには疑問が一つ浮かび上がった。
フラ「あれ?いつも名簿で選ぶんじゃなかったっけ?もしかして…面接!?」
あたしは急いで支度をした。
あたしが出て行くとマルセイユで待機している副官候補さん達が既に酒場に集合していた。
そして集められた候補達の前でイレーヌさんが説明を始める。
イレーヌ「いきなりの召集でごめんなさいね。先方がお急ぎであまり時間が取れないらしいの」
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえてきた。
お急ぎと言うのは大抵、厄介な人達に追われていたりしていてその厄介事を被せられるのがオチだと他の副官候補さんに聞いた事がある。
なんでもそのまま命を落としてしまう人も居るとか…
うぅ…それはちょっと困るな…
でも、面接となるとちょっとチャンスはあるのかな?
イレ「フランシーヌ、聞いてる?」
フラ「あ、ごめんなさい!」
やれやれと言った感じでイレーヌさんは頭を振る。
イレ「しっかりして頂戴ね。もう一度言うわ。私語は厳禁よ。質問された事にだけ答えて頂戴」
フラ「はい!」
イレ「以上よ、そのまま待機しててくださる?まもなくお見えになるから」
イレーヌさんはそう言ってカウンターの中へ戻っていった。
あたしはお帽子の位置を直して深呼吸を一つ。
どんな船長さんがお見えになるんだろう?
優しい人だといいな♪
ワクワクと胸を躍らせていると酒場のドアが大きな音を上げて何人も水夫さんが入ってきた。
女性「イレーヌ、準備はできてる?」
女性は入ってくるや否やイレーヌさんにそう声を掛けた。
イレ「よく御覧なさいな」
イレーヌさんに声を掛けた女性が私達の前まで来る。
次いで二人の女性が中に入ってくる。
背の高い女性「追っ手は無いだろうね?」
小柄な女性「わかりません…ですが、それらしい人物は見当たりませんでした」
息を切らして入ってきた3人の女性を見てあたしは思わず声を上げそうになって口を塞いだ。
最初に入ってきた女性は以前、薄紫の髪を真っ直ぐ下ろしていたが今は白金色の髪をアップにしている。
もう一人の女性は髪型は変わらないけど髪の色が違う。
そして小柄な女性もあたしは会ったことがある。
見間違う筈も無かった。
ずっと会いたいと思っていた。
バレンティーナさん、秋風さん、そしてニーナさんだ。
バレ「バレンティーナよ、よろしく。時間があまり無いの。この中で縫製、染料取引、繊維取引、織物取引の心得がある方は挙手を」
あたしはすぐに手を上げた。
3つ隣にいる男性も同じく手を上げる。
バレ「二人?」
バレンティーナさんと一瞬目が合った。
見定める様な視線が冷ややかに向けられる。
あたしの事、覚えててくれてないのかな…?
バレンティーナさんはふと目を逸らすともう一人の男性に視線を移した。
ダメかな…やっぱりあたしなんかじゃ…
男性「あの…」
視線を受けた男性の候補が話しかけた。
バレ「何かしら?」
男性「自分は仰ったスキルに心得もありますし、以前に航海をしていた経験もあります」
バレ「なるほど」
男性「選んで頂ければ、後悔はさせません」
バレ「そう、航海経験があるの」
バレンティーナさんは男性の候補さんを見てニコリと微笑んだ。
懐かしさと一緒にあたしははっきりとこの時、敗北を予感した。
副官は船長の片腕だと秋風さんは言っていた。
それなら経験者の方が話しは早い。
ダメか…あたしも頑張って試験受けたんだけどな…
バレ「そうね、それなら…」
ポンと肩が叩かれた。
バレ「貴方、私と一緒に来なさい」
フラ「へ?」
きっとその場の殆どの人があたしと同じ気持ちだったに違いない。
さっきまで話していた候補の男性すらあたしを見て驚いている。
男性「なぜ!?私は経験もあります!」
バレンティーナさんはあたしの肩に手を置いたまま冷たい視線で彼を見つめた。
バレ「貴方、イレーヌの説明を聞いてないの?それとも覚えてない?」
男性「説明…?」
バレ「イレーヌ、言ってないの?」
イレ「船長の仰った事はキチンと申し上げましてよ?私語厳禁と」
男性「あ…」
バレ「どっちにせよ、いきなり船長命令を無視できる様な方を必要としてないわ。
イレーヌから言われた事も船長からの言伝である事があるの、覚えておきなさいね」
男性は悔しそうに唇を噛み締めていた。
男性「くそ…こんな小娘に…」
それはきっとバレンティーナさんにではなくあたしに言ったのだろう。
くんっ
と聞いた事も無い音が聞こえた。
見上げると水夫さん達が冷や汗をかきながら何やら気まずそう顔をしている。
中にはちらちらと後ろの様子を伺っている人もいた。
その視線の先には…
秋風さんが居た。
スタスタと秋風さんが歩いてくる。
そしてそれに従う様にしてニーナさんが付いてきた。
バレ「とにかく私はこの子を副官と決めたの。ごめんなさいね」
と悪びれる様子も無くバレンティーナさんは謝辞を述べた。
男性「そんな…そんなガキに何が出来る!何が務まる!ましてや女じゃないか!」
男性が怒声を上げた。
グサリと言葉が心に突き刺さった。
あの人の言うとおり。
あたしは子供だ。
航海経験もない。
それに女の子だ…
動機も不純かもしれない…
でもあたしも旅がしたい…
でも…でも、あたしよりきっとあの人の方がお役に…
あたし…どうしよう…
ゆるゆると歪む視界であたしはイレーヌさんに助けを求めた。
イレーヌさんは額に手を当てている。
どういうこと…?
イレーヌさん。あたしじゃ…頼りない、かな?
バレ「とりあえず…今の、言葉…撤回なさい…?」
ゾクリと背筋が凍る思いがした。
なんだか息苦しい…
足が震える…
辺りが密かにざわついている。
水夫さん達に落ち着きが無い。
イレ「もうおよしになったら?これ以上は私も保障出来なくてよ?」
イレーヌさんのたしなめる声が聞こえた。
男性「うるさい!私は船長として航海していた事もあるんだ!こんな小娘なんか−」
そこまでで男性の声が途絶えた。
スチャチャッと劇鉄を起こす音が聞こえた瞬間
うわああああああああああっ!
物凄い数の悲鳴が酒場を揺らした。
気付くと水夫さんたちは壁にへばり付く様にして離れている。
怒声の途切れた男性に視線を移してあたしは言葉を失った。
男性は視線だけを泳がせながら動けないでいた。
首筋には音もなく入れ物から抜かれた冷たく光る長い刃物を秋風さんに
顎には仄かに黒く光る二つ穴の短銃をニーナさんに
そしてこめかみには酒場の薄暗い灯りを反射する様に輝く銀色の短銃をバレンティーナさんに当てられていた。
バレ「いい加減になさい…私が副官に決めた時点でこの子は私の片腕よ。これ以上の冒涜は許されないわ」
ニーナ「人が苛付いている時に…さっきから小娘だ、女だ、ガキだと聞き捨てなりませんね。海賊の怖さ、その身に教えて差し上げましょうか?」
その場に居る誰もが動けないでいた。
3人の殺気はそれ程までに酒場の空気が凍り付かせた。
一触即発の空気を打ち破ったのは一人の水夫さんの声だった。
水夫「船長!追っ手が来やしたぜ!」
秋風「しつこい奴等だねぇ…」
秋風さんが小さく舌打ちをして刃物を入れ物にしまう。
続いてニーナさんもバレンティーナさんも手にしていた短銃を胸元にしまった。
ニーナ「命拾いしましたね」
バレ「仕方ないわね、イレーヌ!」
イレ「分かってます」
呆気に取られているあたしを他所にバレンティーナさんはイレーヌさんを見てクスッと薄く微笑んだ。
バレ「うちの子、頼んだわよ!」
そう言い残してバレンティーナさん達は慌しく酒場を後にした。
イレ「どなたかそちらの方運んでくださる?」
イレーヌさんがいつもの調子で声を掛けるとへたり込んでいた男性を傍に居た候補の人が奥に連れて行った。
イレ「フランシーヌ、いらっしゃい」
イレーヌさんに呼ばれてあたしは傍に駆け寄った。
イレ「フランシーヌ、おめでとう。今日から船乗りね」
フラ「あの…あたし…」
イレ「ほら、涙を拭きなさい。泣いてはダメよ。副官になって船長を支えるのでしょ?」
そう言ってイレーヌさんはハンカチで私の涙を優しく拭ってくれた。
フラ「うん…」
イレ「いい?フランシーヌ。明日の日が昇ったら港へ行きなさい。船長達は今日中に厄介事を片付けると言っていたわ。きっと待っていてくれるはずよ」
フラ「明日の日が昇ったら…」
イレ「後、そうね10時間程かしら」
フラ「あと…10時間…そしたら、あたしは…」
イレ「…」
フラ「しばらく…会えないんだね?イレ…ヌさんも、マスタ…も」
ポロポロと拭いて貰ったばかりの涙が零れ落ちていく。
イレ「フランシーヌ…」
イレーヌさんの香水の香りがフワリと鼻腔をくすぐった。
すぐ傍にイレーヌさんの絹の様に白いうなじが見えた。
イレ「マルセイユに戻ってきたら必ず顔見せて頂戴ね?」
フラ「イレーヌさ…。うん、絶対顔出すよ!会いに来る!」
あたしはイレーヌさんに応える様に腕に力を込めた。
お母さんに抱きしめられた事を思い出す。
イレーヌさんもお母さんと同じ香りがする。
包み込む様な暖かな腕、涼しい香り、優しい声
しばらく会えなくなってしまうと思うとやっぱり寂しい。
それでもあたしが副官になると決めた時から何時かは来ると覚悟していた。
それがたまたま今日になって後10時間なだけ…。
イレ「さ、食事にしましょう。貴方の新たな旅立ちのお祝いをしなくてはね」
それからあたしはイレーヌさんに言われた通り日の出の頃に酒場のドアを開けた。
樽の上に居たシャルロッテにイワシを一匹あげる。
フラ「シャルロッテ、貴方も元気でね♪それじゃ、いってきます」
シャルロッテを一撫でしてあたしは港へと向かった。
港に着くと人影が見えてきた。
人影「あ、来たわね」
あ、この声はバレンティーナさん?
バレ「さ、とりあえず船に向かいましょう」
そう言ってバレンティーナさんは踵を返して歩き出した。
う…バレンティーナさんやっぱりあたしの事覚えてないのかな…
あたしはずっと会いたくて待ってたのになんだか寂しいな…
フラ「あ、あの!バレンティーナ…船長」
バレ「なぁに、フランシーヌ。忘れ物?」
フラ「あの、あたしのこ…と?あれ?」
今バレンティーナさんはあたしの事なんて呼んだ?
酒場では言ってないのに…
バレ「その服、自分であつらえたの?」
フラ「は、はい!」
バレ「クスッ、良く出来てるわね。良く似合ってるわ」
フラ「あ、ありがとうございます!あの、あたしの事…」
バレンティーナさんは立ち止まってようやくあたしの方を振り向いた。
バレ「覚えてるわよ、決まってるじゃない」
そしてそのままあたしはバレンティーナさんに抱きしめられた。
バレ「貴方が副官になってくれる事をどんなに待ち望んだ事か…」
フラ「そ、そうなんですか?」
バレ「勿論よ。初めて会った時に貴方みたいな人を探してたのよ。貴方みたいな人が傍に欲しかった」
フラ「う…うっ…」
バレ「貴方はあの頃、船乗りじゃなかったわ。貴方の決心が無ければ連れて行くことが出来なかった」
あたしはただ泣く事しか出来なかった。
イレーヌさんもバレンティーナさんも…あたしを必要としてくれてる…
ただそれだけだけど…
ただそれだけが…
嬉しかった…
バレ「貴方が船乗りになってくれる日をずっと待ってたのよ、本当に良かった…貴方が他の人に取られないで…」
フラ「バレ…ティナさ…ありが、とぅ…。あ、たし一所懸命…がんばるから…立派な船乗りさんになるから!」
バレ「期待してるわね」
フラ「…うん!」
バレ「行きましょう、秋風達が待ってるわ」
しばらく歩くと大きな船が見えてきた。
傍に秋風さんとニーナさんの姿も見える。
秋風「っと、来たねぇ」
こちらに気付いたニーナさんが小さく頭を下げた。
バレ「さて、うちに来たからには折角だけど着替えてもらうわね。秋風?」
秋風「はいよ、っと!」
バレンティーナさんの合図に秋風さんは何かを放り投げた。
バレ「フランシーヌ、今日からこれを着て貰うわね」
フラ「はい!」
あたしは手渡されたお洋服を広げてみた。
フラ「あれ?これって…」
手に持っているお洋服と皆が着ている物を見比べる。
バレンティーナさん、秋風さん、そしてニーナさんも同じ物を身に着けている。
1年前の記憶が蘇る。
この色合い、刺繍は間違いなくあの時の物だ。
バレ「覚えてるかしら?1年前の服よ、あの時、渡せなかったものね」
フラ「え!じゃあ、これあの時の秋風さんの…」
バレ「お古で申し訳ないけど、やっと貴方に渡せる日が来たわね」
そう、これはバレンティーナさん達と初めて会った日にあたしがねだったお洋服だった。
珍しい色で染められた布で紡がれた、珍しいお洋服
あたしは一目で虜になって、ダメもとでねだったんだった。
それが今この手にある。
あたしの着られるサイズに直されて…。
早速袖を通してみるとピッタリのサイズだった。
バレ「秋風がニーナと同じ位と言っていたから。サイズが合って良かったわ」
フラ「うわぁ、ありがとうございます!ニーナさんもありがとう!」
ニーナ「いえ、私は何も…」
フラ「えへへっ、似合いますか?」
秋風「良く似合ってるよ」
フラ「えへへへへっ♪あ、じゃあ今着ているのはどうしよう…頑張って作ったんだけど」
バレ「イレーヌに預かって貰いなさい。船旅は服がすぐ傷むからその方がいいわね。イレーヌもその方が嬉しいでしょう」
フラ「はーい!あっ」
あたしはニーナさんの前に駆け寄った。
フラ「今日から副官として頑張ります。色々教えてくださいね!」
ニーナ「私も若輩の身。お教えする事など出来ません」
う…素っ気無い…。
仲良く…なれるのかな…?
フラ「うぅ…そうですか?」
ニーナ「えぇ」
秋風「かたっ!つめたっ!素っ気なっ!」
秋風さんの言葉にニーナさんがギラリと冷たい視線を送る。
ニーナ「何か仰いまして?」
秋風「おーこわ」
全然怖くなさそうに秋風さんはおどけて両手を挙げて見せた。
ニーナ「私は船出の準備をしてまいります」
そう言い残してニーナさんはスタスタと歩いて行ってしまった。
その後姿を見送って秋風さんはあたしに近づいて来た。
秋風「フランシーヌさぁ、ニーナともっと仲良くなりたいかい?」
フラ「そうですね…折角バレンティーナさんの副官になれた訳ですし。秋風さんの副官さんとも仲良くなれれば嬉しいです」
秋風「本当に良い子だねぇ、フランシーヌは。シャルロッテは連れて来ないのかい?」
くしゃりとあたしの頭を撫でて秋風さんはそう尋ねた。
フラ「シャルロッテは置いて来ました。面倒見てあげられなくなりそうなので…」
秋風「服を置きに行くついでに連れておいで。うちで預かってあげるよ。猫を放って置けないのが居るんだ、一人」
フラ「本当ですか!?じゃあ、連れてきまーす♪」
あたしは酒場に戻ってイレーヌさんにお洋服を預けると表に居るシャルロッテに声を掛けた。
フラ「シャルロッテ、違うお船になっちゃうけどお前も一緒に来てくれる?」
あたしが声を掛けるとシャルロッテはニャアと一つ鳴いて樽から降りてきた。
フラ「お待たせしましたー!」
秋風「おかえりぃ。おーい、バレンティーナぁ!」
秋風さんが呼ぶとバレンティーナさんが傍に寄ってきた。
バレ「準備出来たの?」
秋風「うん、うちの子の可愛い所見せてあげるよ。もうホント女の子なんだからっ♪」
キシシッと意地悪そうに笑って秋風さんはニーナさんを呼び出した。
ニーナ「お呼びですか?」
相変わらずの態度でニーナさんが秋風さんに問いかける。
秋風「フランシーヌが用があるってさ」
そう言って秋風さんがあたしの背中をポンと叩いた。
フラ「あ、あの…」
ニーナ「私に直接?どんなご用ですか?準備があるのですが」
訝しげな視線があたしに突き刺さる。
ちょっと怖い…。
酒場での騒動を見ているから尚更だ…。
フラ「えっとですね…」
お願い!シャルロッテ、ちょっと力を貸して!
あたしは左の踵を少し上げる。
いつもの合図にシャルロッテはするするとあたしの肩まで登ってきた。
ニーナ「ん?」
ニーナさんはあたしの肩に登ってきたシャルロッテに視線を向ける。
フラ「あ、あの…。この子、あ…預かってもらえ−」
ニーナ「ねこおおおおっ♪」
フラ「えっ?」
突然のニーナさんの声にあたしとシャルロッテは揃って体を振るわせた。
ニーナ「その子、フランシーヌさんの猫ちゃんですか!?」
ね、ねこちゃん?
秋風・バレ「っっっっっっっっっっっっっっっ!!!」
二人とも明々後日位の方を向いて小さく震えてる…
笑いを堪えてるのが見え見えだ…
フラ「え?あ、は…はい」
さっきとは打って変わってそれこそ小さな女の子の様にニーナさんは瞳を輝かせている。
ニーナ「可愛いぃ♪抱かせて貰ってもいいですか?」
フラ「あ、うん♪シャルロッテ」
シャルロッテはあたしの声に従って体を降りていく。
ニーナ「お利口さんですねぇ♪」
フラ「ニーナさん、左足の踵を少し上げてみて♪背があたしと同じくらいだからきっと大丈夫♪」
あたしに言われるままにニーナさんは左足の踵を少し上げた。
ニーナ「こうですか?」
するとシャルロッテはいつもあたしにする様にするするとニーナさんの肩まで登る。
ニーナ「にゃあああああ、可愛いぃぃ♪腕においで♪」
秋風・バレ「あはははははははははははははははっ!!」
堪えきれなくなった二人が声を上げて笑っているのにニーナさんはちっとも気付いていない…
ニーナさんが腕を差し出すとシャルロッテはぴょんとそこに飛び降りた。
ニーナ「貴方、シャルロッテって言うの?私はニーナ、よろしくねぇ♪」
あたしへの挨拶より一オクターブは高い声音でニーナさんがシャルロッテに話しかける。
ニーナさんはシャルロッテを抱きしめて頬擦りまでしている始末だ。
なんだか複雑な気分だ…。
ニーナ「この子どうされるんですか?」
フラ「置いていこうかと思ってたんですけど、あたしじゃ面倒見て上げられそうにないし」
ニーナ「そうなんですかぁ、可愛いのに。また、マルセイユに来たら貴方に会いに来るわね♪」
秋風「完全に自分の世界だなぁ…」
ニーナ「うぅ、よしよし♪」
フラ「ニーナさん、良かったらシャルロッテ預かってくれる?」
ニーナ「いいんですかぁぁぁぁぁ!?」
更に瞳を輝かせてニーナさんがあたしを見つめる。
フラ「その方があたしもいつでも会えるし嬉しいな♪」
ニーナ「大事にしますぅ♪任せてください!船長いいですよねっ!?」
秋風「飼いたかったんでしょ?良かったじゃない、フランシーヌが連れてきてくれて」
ニーナ「フランシーヌさん、ありがとうございます!絶対大事にするのでいつでも遊びに来て下さいね!」
ニーナさんはシャルロッテを肩に戻してぶんぶんとあたしの両手を振った。
フラ「うん、よろしくね♪」
ニーナ「はい!こちらこそ♪」
ニーナさんはシャルロッテを地面に降ろした。
ニーナ「おいで、シャルロッテ♪お腹空いてない?マグロ食べる?大きいのよ♪」
秋風「マグロって…正気か…?今のニーナならやりかねないなぁ…」
走っていったニーナさんの後姿を見つめながら秋風さんはポツリと呟いた。
フラ「ふふっ、あははははっ♪ニーナさんて面白い方ですね♪」
秋風「ね、可愛い所もあるでしょ?普段キビキビして冷たいけど猫見るといつもあんな感じなんだよ」
バレ「確かにそうだけど…ギャップが激しすぎるわよ…」
フラ「でも、仲良くなれたみたいで安心しました♪」
皆優しいし、直ぐに新しいお友達も出来た。
あたしの旅立ちは幸先の良い物になるのかもしれない。
これからあたしの旅が始まるんだ。
色んな物を見て、触って
驚いたり、感動したり
嬉しかったり、悲しかったり
そんな思いがいっぱい詰まったあたしの旅が
バレ「ほら、フランシーヌ行くわよ!」
フラ「はーい!今行きまーす!」
マルセイユの港
深蒼の海に
明赤の日が昇り
船影を地面に伸ばし
あたしはその日に向かって走り出す。
あたしの旅は今始まった。